バンコクのドンムアン空港が好きだ。空港に好きも嫌いもないという人が多数派だろうが、私には明確に好きな空港とそうでない空港がある。ドンムアン空港はかなり好きな部類だ。
まず、バンコクには2つの空港がある。大きくて華やかなスワンナプーム空港と、古くて味わいのあるドンムアンだ。私が初めてタイに降り立ったのはスワンナプーム空港で、その巨大さと近代的な雰囲気に圧倒された。関空よりも仁川空港よりも大きい。アジアの中心たるバンコクが誇る巨大空港がスワンナプーム空港だ。
初めてのタイ旅行の何年か後にドンムアン空港を利用した。空港の規模は小さいがやたらと縦長で、保安検査から搭乗口までやたらと歩かされた記憶がある。古い設備に漂う昭和的な空気感があった。
ドンムアン空港に惹かれる理由は、実のところとてもシンプルだ。市街地が近いのだ。ドンムアン空港からバンコク中心部までは車で約30分。スワンナプームだと50分ぐらいはかかるだろうか。
もう一つ理由を挙げるとするならば、結局これが一番の理由なのだが、やはり旅情をかき立てられるからだ。
そもそも、スワンナプームが開港する2006年より前は、タイの玄関口はドンムアン空港だった。日本人バックパッカーの全盛期——つまりジュライホテルや楽宮旅社がどこか人生に疲れた日本人たちの溜まり場になっていた頃は、ドンムアン空港こそアジア旅への入口だったのだ。
沢木耕太郎が『深夜特急』で降り立ったのもドンムアン空港だった。ドンムアン空港に到着し外に出ると、かつての沢木氏もそうだったように、ねっとりとした空気に身体が包まれ、あぁ、バンコクに来たのだな、これからどんな旅が始まるのだろう…と旅情に耽らずにはいられなくなる。スワンナプーム空港の外だって同じ気温、同じ湿度のはずなのに、なぜかドンムアンの方が「旅が始まる感」がある。
今のドンムアン空港は国際線の主役ではない。主役の座は完全にスワンナプームに譲り渡し(BKKの3レターだって譲った)、今では国内線と一部の国際線LCCの拠点として再び賑わいつつある。
空港というのは単なる交通の起点ではない。降り立った瞬間の匂い、耳に入ってくる雑多な音、むわっとした熱気——そういうものが、旅の記憶に焼き付く。ドンムアン空港には、かつての旅人たちの、そんな記憶が詰まっている。そして、気づけば私自身の記憶も、そこに静かに積み重なっているのだ。
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