2019年シルクロードの旅③伊寧・ナラティ

2019年シルクロードの旅

この記事は、2019年4月20日~5月25日までの約1ヶ月間、シルクロードを周遊した際の記録(日記)です。

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2019年シルクロードの旅のまとめ

伊寧→ナラティ – 2019年4月27日(Day8)

何時に起きたのかわからない。とにかくチェックアウトギリギリまで寝ていた気がする。旅行は疲れるのだ。9時間は寝ていだと思う。

今日はナラティに行くのだ。身支度をして、フロントに行く。

計画性の無い旅なので、ナラティの宿を予約したのはついさっきだった。
文明酒店というところだ。交通の便が良いらしい。1泊3,000円ぐらいのツインルームだ。

ナラティへの所要時間はバスで2,3時間程度とどこかのブログで読んだ。夕方に出発することに決めて、それまでは伊寧をブラブラしよう。今日は昨日よりも天気が良いので、また喀賛其民俗旅游区に行って、写真をいっぱい撮ろう。

そう思い、メーター7元のタクシーに乗り、旅游区へ。とりあえず昼食を取ることにした。

旅游区の入口付近にはいくつかの飯屋があり、観光客らしき人たちでやや賑わっていた。

適当な一軒に入ってみる。半地下になっている店だ。中には観光客らしきウイグル人の家族や一人で昼食を取る中年の男性などで賑わっている。この人たちは観光客なのか?地元の人なのか?観光客のような風である気がしないでもないが、話している内容も、外見から得られるヒントなども何もないのでわからない。

何を注文しようかと考えていると、相席になった中年男性が食べている料理に興味が惹かれた。ナンの上に一口サイズよりもかなり大きな餃子が4,5個乗っかっている。この餃子は皮がかなり薄いようで、橋でつまむと崩れてしまう。それぐらいホロホロに蒸されているようだ。崩れた餃子からしたたる肉汁で下敷きになったナンが、また美味そうである。

同じものを頼もうかと思ったが、さすがにナンまで食べると腹が膨れすぎると思い、餃子のみを4つ注文した。うむ、ホロホロと崩れるのが良い。味も美味しい。羊が入っているようだ。

そこそこ腹が膨れたところで、旅游区をブラブラと歩いてみる。昨日とは違う場所を、適当に歩いてみる。興味のある方向にただ歩く、これが良いのだ。

この喀賛其民俗旅游区というのは、伊寧という都会の中にある古き良き町並みで、低い建物が並んでいる。見渡すと、旅游区の外にある背の高いマンションが目立ち、ここが開発されていないエリアであることが理解できる。人通りは多くないが、飲食店やナンを売る店、果物屋、雑貨屋、花屋などがある。

ナンを売っている露店の前で青いジャージを着た高校生らしき集団がたむろしている。下校中の買い食いだろうか?なんとも微笑ましい光景である。それにしても、ナンというのはウイグルらしいが、日本で言えばおにぎり(米?)を買い食いしているようなものだろうか。少し不思議ではある。

さて、腹はまだいっぱいではないので、もう一軒行ってみる。
今度は店先でプロフと餃子を作っている。地元民らしき人と内地からの観光客で賑わっている。
プロフと餃子を頼んだ。ここの餃子も革が薄くて大ぶりだ。伊寧の餃子はどれもこういう感じなのだろうか?

さすがに腹いっぱいになった。

さらにブラブラと旅游区内を歩いていく。

この日は晴れており、絶好の散歩日和だ。いい写真も撮れそうだ。ウイグルの特徴的な家屋を見たり、すれ違う中学生か小学生らしき子どもたちに微笑みかけられたり、カザフの豪邸の前を通ったり、中央政府のプロパガンダのポスターを見かけたり・・・ 平和な春の町並みを歩いて回るのは、本当に気持ちが良い。駄菓子屋のような雑貨屋の前でキャイキャイ遊ぶ子どもたちを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。

2日連続で「伊孜海邇奶油冰淇淋」のアイスを食べ、狭西大寺のあたりを見て回った。
もっとこの町並みを見ていたい気持ちもあったが、そろそろ時間だ。ナラティに向かわねばならない。

ナラティは伊寧から東へ250kmほどのところにある小さな街だ。

地球の歩き方に一応簡単な説明が載っているが、情報は少ない。この街について書かれたブログなどもほとんど見かけない。ただ、中国国内の人にとっては、そこそこ名のしれた観光地らしく、検索するといくつかブログや旅行社のページが見つかる。ナラティへ行くには、まず新源という街へ行き、そこでバスを乗り継ぐ必要がある。

16時15分、伊寧の新客運站に到着。
中国でバスのチケットを購入するためにはパスポートの提示が必要で、公安にねっとりとチェックされる。チケットカウンターに行くと、公安は建物の外にあるからと言われ、プレハブのような小屋にある公安の詰所に出向く。
チェックが終わり、再度カウンターに行くと別の人が対応、そのおかげでもう一度公安に行けと言われる。まったく情報共有ができていなくてウンザリしたが、公安の人が来て「さっきやったよ」と言ってくれた。あやうく二度手間になるところだった・・・こういった要領の悪さというか、効率の悪さは、中国にいると何度も経験するが、毎回仕方ないと自分に言い聞かせている。

結局、チケットカウンターの職員の手際の悪さのおかげで、16時半発のチケットを買うことができなかった。そんな哀れな僕を見た職員が(意外と)親切で、乗り合いタクシー乗り場まで連れてきてくれた。カウンターのすぐに裏にある。

乗り合いタクシーの料金を聞くと75元、バスだと46元だが、速くていいよ!とのことだったので、乗ることに決めた。実際、バスに乗っていたら今日中にナラティに着くのは無理だったかもしれない・・・そういう意味では、バスを逃して良かったのだろう。運がいいみたいだ。

4人の乗客を乗せたタクシーは伊寧の市街地を出ると、広陵な平原が広がる地帯を猛スピードで飛ばしていく。
天気がよくて気持ちがいい。運転手はカザフ族、新源はカザフ族が最も多い地域らしい。車内に流れる音楽もカザフの曲調だ。助手席には回族の若者、彼の顔つきは漢族と見間違うほどだが目の色は薄い緑色だった。僕が日本人だとわかると、車内は一時盛り上がり、運転手は初めて日本人を乗せた!と大喜びする。パスポートを見せ合ったりして遊んだ。僕のことを「シャオシー」と呼んでくれ、もし、今日中にナラティに行くのが難しそうなら新源にある自分の家に泊まってもいいと言ってくれた。

窓の外の景色を見ていると吸い込まれそうになるぐらい美しい。流れていく山々を見ながらぼーっと考え事をする時間が、なににも代えがたい旅の醍醐味と言える。

時折、日本のことが話題になったりして、中国の報道は「小さい日本が好き」などという政治的な話しになったりもする。

休憩所に入る。
小さな店とトイレのみがある簡素な場所だ。周りに集落などもない。 他にもトラックや乗り合いタクシーが停車しており、10人程が休憩所の周りで屯していた。伊新超市という看板があることから、このあたりは伊新(伊寧と新源の間)というのだろう。

トイレいわゆる中国式。地面に穴を掘って、その上にコンクリの板を敷いただけのような簡単なものだ。正直、臭いがきつくてここで用を足せる気がしない。食堂か雑貨屋と思われる小屋の前では肉を焼いていた。新疆の若者がタバコを吸っている。それにしても、彼の服装は紫色のトレーナーに、ウォッシュが効いたジーンズ、紺のコンバースのハイカットに、白地に炎のマークが入った靴下と、なんともおしゃれだった。ここの若者は思っていた以上に垢抜けている。乗り合いタクシーの運転手はホースで車を洗っていた。

それにしても景色が良い。雲が低い。

その後も乗り合いタクシーはひた走る。毛主席万歳という文字が、岩肌に赤い文字で書かれている。それを見た乗客たちは、嘲笑にも似た歓声を上げていた。共産党に逆らうことはもちろんタブーだ。彼らは、彼らの土地に書かれた「毛主席万歳」という文字を見ても、どうすることも、何を言うこともできないのだ。

ガソリンスタンドで休憩した後、またひた走る。周りは草原、そして山。時々、牛が道路沿いを歩いているのを見かける。このあたりは農地なのだろうか?小さな小屋と農業用の車両らしきものを見かける。

20時頃、ようやく新源の街に到着した。
意外と都会である。おおきな交差点には、いくつかホテルもあった。夕暮れ時、原付きに2人乗りしているウイグル族かカザフ族か、判別はつかないが、母子がいた。

車から降りて、ナラティ行きの乗り合いタクシー乗り場を探す。
近くにいた人に声をかけ、場所を教えてもらう。多くの場合、乗り合いタクシー乗り場には目印もなければ、案内板などもない。人に聞いて探すのが一番早い。タクシー乗り場は中国移動の店の前にあった。出発まではまだ時間がかかるようなので、とりあえず待つ。出発時刻が決まっていれば、周りを散策したりもするのだが、集まり次第ということであれば、その場で待機するしかない。

夕暮れ時の新源の街。
ここはどんな街なのだろうか、カザフ族が住むと聞く。一緒にやってきた人たちは、家に帰ったのだろうか?

私が乗る予定の乗り合いタクシーには、五星紅旗と社会主義の赤旗を対にした小さな置物が、ダッシュボードの上にちょこんと載せられていた。これにはどんな意味があるのだろうか?この2つの旗を車の外から見える場所に置いておかないといけないのだろうか?

20時45分になって、ようやく7人の乗客が集まり、乗り合いタクシーは出発した。夕暮れではあるものの、まだまだ明るい。新源の市街地を出る時にアルマトイ行きの標識チラっと見えた。新源からアルマトイ、どのようなルートを通るのだろうか?

この乗客たちは、ナラティに何をしに行くのだろうか?観光という感じではない、住んでいるのだと思う。土曜日なので実家に帰るのだろうか?みんな携帯をいじったり音楽を聴いたり、各々の時間を過ごしている。

車内は中国語の音楽が流れている。

時々馬とすれ違う。そういえば、20年前の伊寧では、馬車が交通手段として機能していたと米君が言っていた。今は車を使うから馬車を見ることはないが、このあたりを馬車が走っていてもおかしくない風景だった。

おそらく、新疆のこの20年の発展はめまぐるしいものだっただろう。インターネットとスマートフォンはもちろんだが、新しい建物や車や鉄道などのインフラの発達は著しかったはずだ。

ナラティは観光地なので、道路脇に大きな看板があり、そこには「那拉提世界四大高山河谷草原之一」と書かれてある。世界四大草原?聞いたことないが、ナラティはそのうちの一つなのだそうだ。誇大な気もするが、これで中国国内各地から観光客を集められるのかもしれない。

ちなみに、伊寧から新源に来るまでは車道にガードレールがあったが、この道にはそれがなく、街路樹の腰よりしたあたりが白く塗られている。いよいよ、誰も来ないような田舎まで来たのだな、という感じがして、少し心細いような、ワクワクするような不思議な感じがした。

21時をすぎ、日はほぼ暮れた。
遠方に雪山が見える。暗い道を乗り合いタクシーはハイスピードで進んでいく。

この辺りでも、家らしきものがある。畑もある。ここに暮らす人は、農業や牧畜で暮らしているのだろうか。

牛の群れを抜かした。この辺りは牛が多い。育てるのに適しているのだろう。カシュガルでは牛肉はほとんど見なかったが、伊寧だと緑が多く雨が降るから牛が育てやすいのだろうか。

暗闇の中に、小さな集落が見え、その中に市場や学校らしきものがあった。突然、街灯もほとんどない道で車が止まり、制服を着たの女の子が降りていった。小さく明かりがついた家があったが、あれが彼女の家なのだろうか?

その後、しばらく走ったあと、ナラティに到着した。
運転手に予約していたホテルの名前を告げると、そこまで送ってくれた。

すっかり暗くなってしまったが、6時間かけてようやくナラティに着いたのだ。
あたりは街灯も少なくよく見えないが、大きな通り(218国道)を挟んで両側に街があるという感じのようだ。おそらく、予約した文明大酒店はナラティの中心街にあるようで、周りには少ないながらもホテルや飲食店が点在していた。ほとんどの店は閉まっているようだが、所々、明かりを点けて営業しているところがある。

ツイン1泊約3,000円のホテルにチェックイン。中に入ると、お決まりの荷物検査装置の中にバックパックを通す。薄暗いロビー、内装は一見豪華そうにも見えるが、建付けの雑さというか、清潔さがないというか、まあよくある中国のホテルだ。それにしても薄暗い。

フロントの女性はウイグル族か、カザフ族か?中国語が上手で愛嬌があって、安心した。中国のホテルのスタッフは無愛想なことが多い。まあ、ホテルに限ったことではないのだが・・・

フロントの女性にパスポートを渡してチェックイン。外国人の場合はパスポートの登録が必要で、さらに公安にも連絡される。10分ぐらい経つと警官2人がロビーまでやってきて、行き先、職業など一通り質問された。

2人とも漢族ではなさそうだ。厳しい雰囲気ではなく「他になにかあったっけ・・・?じゃあ、これでいいや、ごめんね!」と言って去っていった。あくまで形式的に、という感じなのだろうか。警察官のスマホに抖音が入っていてビックリ。

とにかく、無事にホテルにチェックインできたことに安堵した。フロントの女性にバインブルグについて聞いてみたが、特に何も知らないようだった。ナラティ旅游区の入り口で聞けば、何かわかるかもしれないとのこと。ナラティからバインブルグに行く旅行客が少ないからなのか、やはり情報は乏しいようだ。

部屋は薄暗く、清潔感に欠けるが、不満に思うほどのことではない。至って普通の中国のビジネスホテルという感じだろう。

おそらく唯一開いていた食堂に入り夕飯を取る。机の上のニンニクはどうやって使うのだろう?そのまま丸かじりするのだろうか?

辣子肉餅面を注文した。300gはあるうどんのような麺の皿の上に、肉と野菜の入ったスープをかけて食べるのだ。店員さんが目の前で麺にスープをかけてくれた。牛肉は固め、ピーマン、赤ピーマン、玉ねぎ、トマト、ニンニクが入っている。

ピリ辛で美味しい!赤ピーマンの種が特に辛い。麺はうどんの太さでコシがあって美味い。一定の太さでないのも、またこれが良い。食べ終わった頃に店員さんに「加麵?」と聞かれるが、さすがにお腹いっぱいだ・・・

満腹になり、店を出るとさっきに警察官2人に出くわした。なんとなく気まずいなと思ったが、何のことはなかった。いくつか追加で質問されたが、どうやら彼らは外国人に慣れていないのだ。「次はどこに行く?一人旅か?」最後は色々聞いてごめんね、と申し訳無さそうな表情で微笑んでくれた。

ナラティ→伊寧 – 2019年4月28日(Day9)

翌朝、起きてみると、気持ちのいい朝だった。
澄んだ空気と、眩い朝日、青い空、そして白く輝く雪山。どれをとっても最高だった。雪山を見ているだけで、ナラティに来てよかったと思えた。

街を歩く人は少ない。車もほとんど通っていなかった。
旅游区まで歩く。15分ほどで入り口に着いた。

旅游区の入り口には赤い文字で「国家AAAAA級景区 那拉提」と書かれた石碑があり、いかにも中国らしい。警官に呼び止められ、パスポートチェックや泊まっている宿、行き先等を聞かれる。顔写真も撮られた。いつもの流れだ。旅游区の中にいる職員にも無線でその内容が共有されたようだ。「日本人の男性一人が旅游区に入る」とでも伝えたのだろう。

建物の中に入り、入場料を支払う。入場料75元(オフシーズンなので少し安い)と空中草原へ行くバス代40元、計115元を支払う。入場券は48時間有効と書いていたので、2日連続で行くこともできるようだ。空中草原ともう一つルートがあるようだった。(名前は忘れたが・・・)
順路に従い進んでいくと、バスが待っていた。

オフシーズンなので客は少ない。40人は乗れそうな大型のバスだが、乗っているのは8人程度だろうか。このバスで山の上まで行くらしい。それにしても天気が良い・・・

20分ほどして最初の地点に着いた。濃い緑色の草原と、雪山と、青い空。広大だ・・・雪山の美しさよりも、緑の鮮やかさに惹かれた。上海から来たカップルに話しかけられた。個人ツアーで来ているようだった。

またバスに乗り次の地点へ。だだっ広い草原。少し停まった後、最終地点へ。かなり雪山の近くまで来た。上海カップルと3人で写真を撮った。彼らは明日、バインブルグへ行くそうだ。よかったら一緒に行かないか?と言ってくれたのが嬉しかった。けどちょっと気が引けるな。
もし、バインブルグからナラティ、または伊寧行きのバスが出ていれば考えることにしよう。

シーズン中であれば、ここからもっと先へ行ったり、馬に乗ったりできるようだが、現在は積雪のため行くことができない。雪山をじっと見たり、ナンを食べたりして過ごした。

バスで来た道を戻って下山した。

上海カップルと彼らのガイドさん(ウルムチから来た)と4人で食事をすることになった。ナラティの市街地にある食堂だ。この2人、メニューを見ながら次へ次へと注文していく。こんなに食べられるのか?と思うぐらい沢山頼む。これが沿岸の中国人なのだろうか・・・?

羊肉の唐揚げ?美味しいけど固い。丁丁炒麵、チンゲン菜の炒めもの、辣子肉餅面など。たくさん食べ、たくさん話した。彼らは金さん34才、陳さん31才のカップルで、5月の休みを利用して旅行しているそうだ。上海から飛行機でウルムチに入り、個人ツアーを手配して新疆を周っている。ガイドの人はウルムチに住む漢民族のようで、ガイドと車の運転を請け負っているらしい。

ブランド物のアウトドアジャケットにおそろいのトレーナー、女の子の陳さんは気が強そうで、いかにも沿岸沿いの中国人カップルという感じだ。たしか、金さんはエンジニアをしているとかで、どことなく金持ちで洗練された雰囲気を出していた。

彼らはGoogle MapsやInstagramを使っていて、僕は驚いた。百度地図は使いづらいそうだ。仲の良いカップルで、外国人の僕に対してもフレンドリーに接してくれて、なんだか少し眩しかった・・・

バインブルグ行きのバスを調べるために、ナラティのバスターミナルへ向かった。残念ながら、バインブルグ行きの乗り合いタクシーは1日1本、9時にナラティ発だが、帰りの時刻は不明だと言う。それは客が集まり次第ということなのか、ドライバーの気分なのかはわからないが、バインブルグは街ではないので、行き来する車が極端に少ないらしい。

まあ、それなら仕方ない。けど、金さんは「よかったら、バインブルグに行ったあとナラティまで送ろうか?1時間ぐらいだと思うし」と言ってくれた。とはいえ、カップル旅行の邪魔をするのは悪いし。さらに、実際には積雪のため、バインブルグ-ナラティ間は迂回する必要があり、2時間半以上かかることがわかった。というわけで、一緒にバインブルグに行くことは断念した。

バインブルグに行けないのは残念だったが、二人の親切に触れて、本当に嬉しかった。まあ、本音を言えば一人のほうが気楽に旅行できるので、気が引けたというのもあった。バインブルグはまたいつか行こう。

上海カップルと別れ、伊寧に戻ることに。文明大酒店で荷物を受け取り、一人バスターミナルへ。20元へ新源へ。

新源からは乗り合いタクシーではなくバスで帰ることにした。保険込みで40元。18時半に出発。このバス、おそろしく遅い!バスってこんなに遅いのか?ってぐらいノロノロ走る。

途中、いくつかの客運站に停まる上に、スピードも遅いのだ・・・4人乗りの乗り合いタクシーに75元払った方が正解だ、と思った。その方が速いのはもちろん、公安で停まる必要も無いのかもしれないし、公安で停まったとしてもバスの大勢の乗客を待たせることもないのだ。

そう思っていたら、今度はめちゃくちゃ飛ばす。対向車も追い越そうとするし、自分も追い越そうとする。ぶつかるんじゃないかとヒヤヒヤだ。

20時20分頃、検問に引っかかってパスポートを登録する。ここの警察官の要領が悪いせいでやたらと時間がかかる。なぜ彼らは、パスポートのコピーを取りながら質問しないのだろうか?コピーを取った後で思い出したように質問をするのはひどく効率が悪い。

バスにも待ってもらうことになるため、大変困るのだ。思わず、警官に向かって、急いでるから早く!と言ってしまった。急かしたところで何も変わらないのはわかっているのだが・・・

ただ、この検問がきっかけで、自分が日本人だということがバスの乗客に知れ、隣のおじさん、おばさんから色々と話しかけられる。カザフ系のおじさんは日本に行ったことがるそうで、片言の日本語を話してくれた。ウルムチから来たというカシュガル出身のおばさんは、来月日本に行くそうだ。金があるからね、ずっと旅行してるんだ、と言う。明日はカザフスタンに行くそうだ。いったい、どんな仕事をしてるんだろう?おそらく漢民族だと思うが、やはりウイグル族にはそんな自由はないのだろうな、と考えてしまった。

こういう乗客との憩いのひと時があると、バスの旅も、検問も悪くないなと思ってしまう。
陽が暮れてきた。まさに旅情とはこういうことなのかもしれない。

21時、休憩所に到着。と言っても、簡素な小屋のトイレがあるだけだが。ボットン式の便所でスマホをいじりながら大便する中国人の姿にはちょっと引く。

川辺を走る。釣りをして魚を焼く人を見かけた。

結局、伊寧に帰り着いたのは0時前だった。タクシーに乗り、瑞陽皇冠酒店に向かう。運転手は自分が日本人だとわかると急に陽気になり、パスポートを見せてほしいとせがんだ。仕方なく手渡すと、本当に日本人なのか!初めて乗せたわ!となぜか喜んでくれた。こんなふうに、地元の運転手と会話ができるのは嬉しい。

ここ伊寧では、日本人はかなり珍しいようだ。お店の人、公安、タクシーの運転手など、私が日本人だとわかるとなぜか驚く、そして喜ぶ。

もちろん悪い気はしない。しかし、なぜ?という気もする。

隣接するカザフスタンの人はたくさん来ているだろうから、外国人そのものは珍しくないだろうが、やはり遠い国日本からの客は珍しいのだろうか。テレビでは連日、日中関係について報じられているようで、日本についてはよく耳にするのだろうが、実際に会うのは初めてで、つい驚いてしまう、ということなのだろうか?

それにしても、日本のお金が見てみたいと何度か言われたが、あれは何なのだろうか?体よく、今は持っていないと断っていたが、ただの好奇心で聞いているのだろうか?

ホテルに着いた。さすがにどの店も空いていないようだったので、夕食はカップ麺。ホテルの隣にある雑貨屋に売ってあった。簡素ではあるが、疲れのおかげか、なぜか満足のいく夕食だった。

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